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甲府地方裁判所 昭和31年(行)1号 判決

原告 奥村正右衛門

被告 山梨県知事 外一名

主文

原告と被告立川光明間の別紙目録記載の土地を目的とした賃貸借契約につき原告のなした賃貸借契約解約申入れ許可申請につき、被告山梨県知事が昭和三〇年六月二日附をもつてなした不許可処分はこれを取消す。

被告立川光明は原告に対し、別紙目録記載の斜線部分の土地の引渡しをせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

本判決は第二項に限り被告立川光明のため、金七〇〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項乃至第三項と同旨の判決並に土地明渡を求める部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求め、

その請求原因として

一、原告の所有に属する別紙目録記載の第二五一番の五、七、九、一〇、一一番の土地(以下本件土地という)及び同番の一三中別紙図面A、S21、20、47、8、9、Aの各点を結んだ線で囲まれた区域の土地は、もと、同町二五一番宅地二九二坪と、同町第二五四番宅地四七五坪の二筆の土地の一部であつたが、原告は、右二筆の土地等を昭和三三年六月二日合筆の上同町二五一番となし、これを更に同番の一乃至一三に分筆した結果本件土地は、前記地番となつたものであるところ原告は、昭和一九年三月二一日被告立川光明に対し、右土地を賃料一ケ年金二〇円、毎年一一月三〇日払、期間を同日より昭和二五年一一月三〇日迄と定めて賃貸し、同被告は現に別紙目録記載の土地中、各斜線部分の土地を占有耕作している。

二、本件土地は、もと山畑であつたものを原告は昭和三年頃当時としては、相当の巨費であつた金一八〇〇〇円を投じて、六段の段地となし、高さ数十尺に及ぶ石垣を築き且つ石段を設けて、宅地としたものであるところ、太平洋戦争熾烈となり食糧事情逼迫しつつあつたので、空閑地利用の政策に添う趣旨で、前記約定期間まで一時耕作することを認めて、賃貸したものであるから、本件土地の賃貸借契約は、宅地を目的とする賃貸借契約であつて、農地を目的とする賃貸借契約ではない。

本件土地が、宅地であることは左の事由によつて明かである

(1)  本件土地は愛宕山水道貯水地を背景として甲府全市を一望に眺めることのできる展望絶佳の位置にあり、附近には既に数個の家屋が建設されていて、地理的にみても正に住宅地としての絶好の条件を具備していること。

(2)  本件土地は、自作農創設特別措置法に基く国家買収より除外され、甲府市旧地区農業委員会に於ても、調査の結果宅地とすることを相当と認め、本件土地の中旧地番の愛宕山第二五一番に属していた部分については、昭和二二年一一月二五日、同第二五四番に属していた部分については、同年一二月二五日、原告に代り地目を宅地に変更され、その後は右土地には、宅地として公租公課が課せられ年額金四〇〇〇円に達していること。

三、よつて原告は、被告立川光明に対し、昭和二五年二月一五日到達の書面をもつて、期間満了の際は、本件土地を明渡すべき旨催告して賃貸借契約の解約の申入れをなすと同時に、当時延滞していた昭和二三年度及び昭和二四年度分の賃料を昭和二五年二月末日迄に支払うべき旨を催告したが、同被告は、右期間内にその支払をなさなかつたので原告は、同被告に対し、同年五月九日到達の書面をもつて、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたから、右賃貸借契約は、同日限り解除された。仮りに右主張が認められないとしても、右賃貸借契約は前記解約申入れにより、期間満了によつて、同年一一月三〇日の経過と共に解約された。

よつて同被告は原告に対し、本件土地を明渡すべき義務がある。

四、前記の如く本件土地は農地でなく宅地であるから、本件土地の賃貸借契約を解約するには農地調整法による知事の許可あることは必要でなかつたのであるが、本件土地の地目は、賃貸当時公簿上畑であつたので形式上は農地の賃貸借契約であつたから、原告は、昭和二七年四月一〇日、便宜上農地の賃貸借契約と称して、被告山梨県知事に対し、被告立川光明との前記賃貸借契約につき解約許可の申請をしたところ、被告山梨県知事は昭和三〇年六月二日、右申請に対し不許可の処分をした。

しかし、右知事の不許可処分は、左記理由により取消さるべきものである。

(一)  本件土地は農地でなく宅地であるから、知事は右許可申請を宅地の賃貸借契約を解約するにつき知事の許可を求める不適法なものとして、却下すべきであつたのである。しかるに、宅地であるのを農地なりと誤認して、許可不相当として、不許可処分をしたのは、明らかに違法であり、右事由は正しく取消事由に該当する。

(二)  仮りに右土地が農地であり、本件賃貸借契約を解約するにつき知事の許可を必要とするとしても、左記理由によつて、右申請は許可するのを相当とする。

(1)  前記の如く、本件土地は、その位置、形状、地質、使用価値等よりみて、宅地として使用するのが、農地として使用するより遥かに土地本来の使用価値を高めることとなる。このことは農地法第二〇条第二項第二号にいわゆる「農地以外のものにすることを相当とする場合」にあたる。

(2)  本件土地は、被告立川光明に賃貸した後、前記の如く甲府市旧地区農業委員会によつて、地目が宅地に変更されてから、宅地として、賃料より遥かに高い公租公課が課せられているので、原告は現在、一ケ年金三、〇〇〇円以上の損失を蒙つている。このような事情の発生は、事情変更による解約事由に該当する。しかるところ、被告立川光明は非農家で、ボール箱製造販売を業とする商人であり、右営業による所得は、昭和二四年度金二八〇、〇〇〇円、昭和二五年度金二五五、〇〇〇円であるのに、農業所得は本件土地以外の葡萄畑の収入を加えても僅かに金二〇、〇〇〇円に過ぎないから、本件土地を原告に返還しても、著しくその生活に影響するものではない。

以上の事由は、右農地法第二〇条第二項第四号にいわゆる「その他正当の事由がある場合」に該当する。

しかるに、被告山梨県知事が右(1)、(2)の事由を看過して、本件賃貸借契約解約許可申請を、不許可処分にしたのは、違法であつて、右違法は正しく取消事由にあたる。

五、よつて、原告は、昭和三〇年七月二一日右不許可処分を不服として農林大臣に訴願したが、未だにその裁決がない。

六、よつて、原告は、被告山梨県知事に対しては、右不許可処分の取消判決を求めて、被告立川光明に対しては、本件土地の明渡しを求めるため本訴請求に及んだと陳述し、

被告立川光明の本案前の抗弁につき行政事件訴訟特例法第六条第一項により、いわゆる関連請求訴訟事件を同法第二条のいわゆる抗告訴訟事件と併合して審理することを認めた趣旨は、抗告訴訟の審理の対象になつた行政処分に原因する権利の救済は、抗告訴訟と同時に審理判決して、一挙に権利救済をなさんとする法意であるから、原告の被告山梨県知事に対する本件抗告訴訟と、原告の被告立川光明に対する本件土地の返還請求事件とは、同時に審理判決して、一挙に権利救済をはかることを必要とするから、被告立川光明に対する本訴請求は、被告山梨県知事に対する本件抗告訴訟に対し、同法第六条第一項に規定するいわゆる関連請求に該当することが明らかである。よつて被告立川光明の本案前の抗弁は理由がない。と陳述し、

被告等の本案主張に対し、その一及び二の主張事実は争う。仮りに被告立川光明が、同主張の如く弁済のため賃料を供託したとしても、同被告は、原告に対し、現実に弁済のため右金員を提供したことはないから、右供託は、不適法であつて、その効力を有しない。

と述べた。

(立証省略)

被告立川光明訴訟代理人は、本案前の抗弁として、訴却下の判決を求め、その理由として、本件賃貸借契約の目的たる土地は農地であつて宅地ではないから、賃貸人たる原告は知事の許可なき限り右契約を解除若しくは解約することはできない。されば、原告が本訴に於て、被告山梨県知事のなした前記不許可処分を取消す旨の判決を得たとしても、それによつて直ちに原告のなした前記賃貸借契約の解除並に解約申入れが、効力を生ずるものではないから、原告は被告立川光明に対し、右解約の申入れ若しくは解除により本件賃貸借契約が消滅したことを原因として、本件土地の引渡しを求めることはできない。よつて原告の被告立川光明に対する本訴請求は、被告山梨県知事に対する本件取消訴訟に対し、行政事件訴訟特例法第六条にいわゆる「関連請求」に該当しないから被告立川光明に対する本訴は不適法として却下を免れない。

と陳述した。

本案につき

被告山梨県知事指定代理人及び被告立川光明訴訟代理人等は、いずれも「原告の被告等に対する本訴請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

答弁として、

原告の主張事実中原告の所有に属する別紙目録記載甲府市愛宕町第二五一番の五、七、九、一〇、一一の五筆の土地及び同番の一三の一部の土地は、もと、同町第二五一番宅地二九二坪と同町第二五四番宅地四七五坪の二筆の土地の一部であつたが、原告は、右二筆の土地等を、その主張の日に合筆して同町第二五一番宅地一筆となし、これを更に同番の一乃至一三に分筆したこと。(但し、別紙図面記載部分が原告主張の地番に属する点は不知)原告は、別紙図面記載部分土地を原告主張の日に、被告立川光明に対し、賃料一ケ月金二〇円、毎年一一月三〇日払、期間昭和二五年一一月三〇日と定めて賃貸し同被告は現に右斜線部分の土地を占有耕作していること。本件土地の右賃貸当時の地目は畑で、地番は同町第二五一番、第二五四番の何れかの土地の一部であつたが、その後原告主張の日、右二筆の土地の地目が宅地に変更されたこと。右賃貸借契約成立当時より本件土地には数段の石垣が築かれていたこと。その当時大平洋戦争がし烈となり食糧の不足を来していたこと。原告が被告立川光明に対し、昭和二五年二月一五日到達の書面を以て、原告主張の如き解約の申入れ並に延滞賃料の支払を催告し、次いで同年五月九日到達の書面を以て、賃料不払を理由とする契約解除の意思表示をなしたこと。原告は、昭和二七年七月一〇月被告山梨県知事に対し、農地調整法第九条第三項の規定に基き右賃貸借契約の解約申入れにつき許可申請をなしたところ、被告山梨県知事は、昭和三〇年六月二日右申請につき不許可処分をしたので原告はこれを不服として、昭和三〇年七月二一日農林大臣に訴願したが、まだその裁決がないことは認めるがその余の主張事実は総て争う。

一、本件土地は農地であつて宅地ではない。元来宅地たるためには、住居用の建造物を構築するために供される土地であることが確定的に認められる土地であることを要するものである。ところが本件土地は、元身延線鉄道敷設の際、土を売却した場所で、原告は土砂崩壊を防止するため、その場に露出していた石を採取し、段階的に石垣を築造したものである。右土地はもともと荒蕪地で岩石や礫石が多く、笹と雑草が生え繁つていたところであつたが被告立川光明が賃借りしてから後、同被告は、右土地を開墾の目的をもつて、莫大の労力と資材を投じて開墾し、客土等もして、耕作を続けて来たものであり未だに右土地には住居用の建造物等が建設された事跡はなく現に穀類、野菜等の耕作に供せられているから右土地は農地であつて、宅地ではない。

また農地であるか宅地であるかは、土地の現況によつて、判断すべきであつて、公簿上の地目の如何は、右判断に何等影響ない。

二、本件賃貸借契約の解約の申入れ若しくは、解除につき、原告には同主張の如き正当事由は存しないから、本件不許可処分には何等の違法がない。

即ち

(1)  被告立川光明は、昭和二三年度及び同二四年度分の賃料は、原告が受領を故なく拒んだので、二年分の賃料として、金一四〇円を既に弁済供託し、同二五年以降同三十年度分迄は毎年金六〇〇円宛を弁済供託しているから、同被告には、右賃料につき履行遅滞は存しない。

(2)  被告立川光明は、農家ではない。同被告は、他に葡萄園を耕作していて、その耕作面積は三反歩に達している。同被告は訴外丸福工業に勤務しているが収入は日給制であつて、昭和二五年度の総収入は一七〇〇〇〇円昭和三〇年度の収入は、月平均一二〇〇〇円に過ぎない。よつて右収入によつて五人の家族を養つている同被告が、本件土地を失うことは著しく、その生活に支障を来すこととなる。

(3)  本件土地が公簿上地目が宅地であるために、賃料より遥かに高額の公租公課が課せられていることは、本件賃貸借を解約すべき正当の事由とはならない。本件土地は現況が農地であるから、その手続さえすれば何時でも農地に地目を変えることはできるし、また過納した税金は、償還してもらえるのである。

(4)  原告は巨万の富を有するものであり原告が本件土地の賃貸借契約を解除若しくは解約して本件土地の引渡しを受ける目的は住宅地とすることによつて私利を得んとするにあるところ、被告立川光明は本件土地を失えば、生活の最低線すら維持することができない。よつて、本件土地賃貸借契約の解除若しくは解約することを認めることは、社会正義に反し、また農地が少い現在に於ては農地法の精神にも反することとなる。

以上の次第であるから原告の被告山梨県知事に対する前記賃貸借解約許可申請は、不相当であつて許されないから、本件不許可処分は正当であつて、何等の違法がない。従つて、原告は、被告立川光明に対し本件賃貸借契約が解除若しくは解約により終了したことを理由として、本件土地の返還を求めることはできない。

よつて原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。

と陳述した。

(立証省略)

理由

一、先ず被告立川光明の本案前の抗弁につき判断するに、後に説示する如く、肥培管理が施こされ、現に農耕の用に供されている土地であつても土地の正常の状態に於ける用法によれば、専ら耕作の用に供する土地であると認められない場合には、農地でないと認めるのを相当とするから、かかる土地の所有者が、戦時中食糧事情の逼迫の際、これを緩和するための空閑地利用の政策に添う趣旨で、一時開こん耕作を認めて賃貸した場合には、たとえ賃借後賃借人が、右土地を開こんし、肥培営理を施し、耕作を継続しつつあつても、右土地は宅地であつて農地ではない。しかしてかかる土地を目的とする賃貸借契約においては当事者間に農地であるか否かしたつて、契約解除又は解約が有効であるか否かについて争が生じやすく、もし、争が生じた場合には、賃貸人が土地の状況にとらはれて、右契約の解除若しくは解約の申入れをなすことにつき農地調整法(農地法施行後は同法)所定の許可申請を求めるに至ることは、稀ではない。もし、その結果、知事が宅地に非ずして農地であると認定し、右申請を不相当として、不許可処分をなした場合には、賃借人は、右不許可処分が存することを理由として、賃貸人のなした賃貸借契約の解除もしくは、解約申入れの効力を争い該土地の返還に応じないことは明かである。

かかる場合、賃貸人が、宅地を農地と誤認してなされた行政処分であることを理由として知事に対する、不許可処分取消を求める訴と、賃貸人が、右土地は宅地であることを前提とし、知事の許可なくして、解除もしくは解約申入れが有効になされ、それにより賃貸借契約が終了したことを原因として、賃借人に対し賃貸した土地の返還を求める訴とは、同時に審理判決し、判決の矛盾牴触を避ける実益が存するから、賃借人に対する土地返還請求は、知事に対する不許可処分取消請求に対し、行政事件訴訟特例法第六条にいわゆる関連請求に該当するものと言うべきである。

しかるところ、本件土地は昭和三年頃原告は巨費を投じて宅地となしたのであるが、間もなく大平洋戦争となり、そのまま利用することなく放置していたところ、戦争がし烈となり食糧事情が逼迫しつつあつたので原告は、空閑地利用の政策に添う趣旨で、被告立川光明に対し本件土地を賃貸し、一時開こん耕作することを認めたため、被告立川光明は、本件土地を開こんし、肥培営理を施し、引きつゞき耕作をつづけてきたこと。その後原告は、同主張の如く被告立川光明に対し解約申入れ並に契約解除の意思表示をなし、右土地の返還を求めたが、同被告はこれに応じないので、原告は、被告山梨県知事に対し、本件土地の賃貸借契約の解約許可申請をなしたところ、被告山梨県知事は、本件土地を農地と認定し、右申請につき、不許可処分をしたこと、後記認定のとおりである。

以上の事実が認められる本件にあつて、第一次的に、本件土地の賃借人たる被告立川光明に対し、本件土地が宅地であり知事の解約申入れの許可なくして、右契約が有効に解除もしくは解約により終了したことを原因とし本件土地の明渡しを求める本訴請求は、被告知事に対し、宅地を農地と誤認したことを理由として前記不許可処分の取消を求める本訴請求に対し、行政事件訴訟特例法第六条にいわゆる関連請求にあたると解するのを相当とする。よつて、被告立川光明の本案前の抗弁は理由がなく採用しがたい。

そこで、本案について判断する。

原告の所有に属する甲府市愛宕町第二五一番の五、七、九、一〇、一一の五筆の土地及び同番の一三の一部の土地はもと、同町第二五一番宅地二九二坪と同町第二五四番宅地四七五坪の土地の一部であつたが、原告は、右二筆の土地等を昭和三三年六月二日、合筆して同町二五一番となし、同時にこれを同番の一乃至一三に分筆したことは当事者間に争がない。しかして、原告本人(第二回)尋問の結果により、成立が認められる甲第一〇号証及び、右本人尋問の結果によると、原告主張の右五筆の土地及び同番の一三の土地の一部は、別紙添付図面記載の部分に当ることが認められる。

原告は、右土地を、昭和一九年三月二一日被告立川光明に対し賃料一ケ月二〇円、毎年一一月三〇日払、期間同日から昭和二五年一一月三〇日と定めて賃貸したこと、その後原告は、被告立川光明に対し、昭和二五年二月一五日到達の書面をもつて、原告主張の如き解約の申入れと延滞賃料の支払催告とをなし次いで同年五月九日到達の書面をもつて、延滞賃料の支払のないことを理由として、契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

よつて先ず本件賃貸借契約の目的である本件土地がはたして宅地であるかどうかにつき判断する。

前記甲第一〇号証、検証、並に原告本人尋問(第二回)の各結果を綜合すると、本件土地は愛宕山の山麓が南方にゆるやかにのびて、甲府市の市街地に迫つたところの西側傾斜面に設けられ段地の一部で、北は愛宕山を背にし、南は甲府市街を眼下に見下し、視界は遠く展けて、甲府盆地の果に及び、高台で、日当も、展望も共に申し分がなく、中央線甲府駅にもさして遠くはないから、住宅地向きの土地柄であること。また原告の所有に属する、前記第二五一番の一乃至一三の土地は、七段の段地であつて、本件土地は、第四段目乃至第六段目に存し、本件土地である第二五一番の五及び一一は第四段目に、同番の一〇は第五段目に、同番の七及び九及び一三の一部は第六段目にあたる段地であり、その上は本件土地ではないが同番の八の土地であり、各段毎に石垣が築かれていてその中には、岩石の露出した山膚を利用している部分もあるが、大部分は、岩石を積み重ねて、築造したものであり、その高さは、四段、五段では、いずれも約五・七〇米、六段では約六・六〇米に達し、極めて堅固で一見城壁を思わせるようなすばらしさである。しかも四段と五段、五段と六段にかけて、石段が設けられているが、巾も相当広く、立派な石材を使用しているので、相当有名な神社仏閣等に設けられた石段に比べてもさして見劣がしない。その上、石垣の表面を適度に弓状に変曲させて、曲線美を表わし、石段との釣合をはかつて段地全体の外観を美的に表現することにつとめた形跡が歴然としていて、単に段地の崩壊を防ぐために設けられた石垣や単に段地と段地との通路として設けられた石段とは、とおてい同一に論じられないことが認められる。

また右土地の中別紙目録記載の斜線部分に相当する部分は、肥培管理が施され、耕作可能ではあるが、上段に至るほど、乾燥し、土層も浅く、四段目においては、一五糎又は一六糎にして小石層につき当り、六段目においては、一二糎又は一三糎にして、小石層につき当り耕作面積に比べて、雑草が生え繁り荒地となつている部分が多い。したがつて、本件土地は、相当の努力をして肥培管理を施すも、さしたる収益を挙げることのできない土地柄であることが認められる。

しかるところ証人志村祥介、同市川泉、同清水正六、同立川光明の各証言の一部並に原告本人(第一回)尋問の結果を綜合すると、本件土地を含む甲府市愛宕町第二五一番の一乃至一三は、原告本人が、昭和三年頃当時としては、相当の巨額である約金一八〇〇〇円を投じて、前認定の如き石垣並に石段を設けて整地したものであるところ、本件土地を原告が被告立川光明に賃貸した当時、右地上には、高さ二、三尺の小笹や雑草が一面にはびこり、岩や石がごろごろあつて、全くの荒地であつたこと、しかるに当時太平洋戦争がし烈となり食糧事情は日を迫うて逼迫しつつあつた(この点は当事者間に争がない)ので、原告は、空閑地利用による食糧事情緩和の政策に添う趣旨で、被告立川光明に対し、本件土地を一時開こん耕作させる目的で賃貸したものであること、及び被告立川光明は、その後右土地を開こんの上肥培管理を施し穀類野菜等を耕作して、今日に至つたことが認められる。

しかして証人志村祥介、同清水正六、同市川泉、同米倉政則、同立川光明の各証言中上記認定に牴触する供述部分はたやすく措信しがたく他に反証がない。

ところで、或る土地が農地であるか否かを判定するには、その土地の正常の状態に於ける用法が耕作の用に供されるものと客観的に認められるか否かも、亦重要な基準とすべきであるからたとえ肥培管理が施され、現に耕作の用に供せられている土地であつてもそれが、該土地の異常時における用法であつて、正常の状態における用法ではないと認められる場合には、右土地は、農地法にいわゆる「耕作の用に供する土地」ではないと認めるのを相当とする。

右見解の下に本件をみるに、前段認定の事実によると、本件土地は昭和三年頃原告が、前記石垣及び石段を築造した当時、農地潰廃により宅地となつたものであるところ、原告は右宅地を宅地として経済的に利用しない中に、太平洋戦争となり、戦時下益々宅地としての利用する機会を失い、そのまま荒地として放任していたところ、戦争し烈となり食糧事情が日を追つて逼迫したので、空閑地利用による食糧事情緩和の政策に添う趣旨で、被告立川光明に対し、本件土地を期間を五年間とし、一時開こん耕作することを認めて、賃貸したことが認められる。よつて被告立川光明が前段認定の如く右土地を賃借してから本件土地を開こんし、肥培管理を施し、現に農耕の用に供したことは、本件土地の正常の状態における用法とは認めることができないから、本件土地は宅地であつて、農地でないというべきである。

よつて、本件土地の賃貸借契約を解除若しくは解約するには、農地調整法の規定による知事の許可を得ずして有効になし得るものというべきである。

進んで原告のなした前記賃貸借契約の解除並に解約申入れの効果につき判断するに、成立に争のない乙第四号証、証人立川光明の証言並に原告本人(第一回)尋問の結果の各一部を綜合すると、本件土地の賃料は、当初は年金二〇円(この点については当事者間に争がない)であつたところ、昭和二〇年度には年金四〇円に昭和二十二年度には年金七〇円に値上げされたのであるが、昭和二三年頃本件土地の賃料の値上げにつき争が生じ、原告は、宅地としての賃料相当額に値上げすることを要求し、もし応じなければ、土地を返せと主張し、金七〇円の賃料を受領することを拒絶したので、被告立川光明は遂に同年度の賃料を支払うことができなかつたこと、また昭和二四年度分は、昭和二五年一月中に金七〇円を代理人をして、原告方に持参せしめたところ、原告は、その受領を拒んだので、そのまま放任していたこと、しかるところ昭和二五年二月一五日、原告より被告立川光明に対し、原告主張の如き解約の申入れ、並に同年二月末日までに昭和二三年度及昭和二四年度分の延滞賃料の支払催告があつたので、同被告は、昭和二五年二月一八日金一四〇円を甲府地方法務局に対し、原告に弁済のため供託し、その旨原告に通知したことが明らかである。

ところで、被告立川光明は、同被告において、右催告期間内に金一四〇円の延滞賃料を原告に提供して受領を求めたのに、原告はこれを拒絶したから、右供託は適法であると主張し、成立に争のない乙第四号証には、右主張に添う記載があり、証人立川光明の証言中にも右主張に添う供述があるが右記載並に供述部分は、郵便官署作成部分の成立について当事者間に争いなくその余の部分については原告本人(第一回)尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二、右原告本人の供述により同じく真正に成立したものと認められる同第八号証並に右原告本人(第一回)尋問の結果に照したやすく措信しがたく、他に右主張を認むべき証拠は存しない。却つて、右証拠によると、右催告期間内に延滞賃料の弁済提供がなかつたことが認められる。

よつて右供託は不適法であつて、弁済の効力を生じないものというべきである。

したがつて、本件賃貸借契約は、前認定の契約解除の意思表示の到達により、昭和二五年五月九日解除されて終了したことが認められる。

されば、その余の争点につき判断するまでもなく被告立川光明は、本件賃貸借契約に基き本件土地を占有すべき権原を有しないことが明かであるから、同被告は原告に対し現に占有耕作する別紙目録記載の斜線部分の土地を明渡すべき義務がある。つぎに、被告山梨県知事に対する請求につき判断するに、原告が、昭和二七年四月一〇日当時施行の農地調整法の規定に基き本件土地の賃貸借契約を農地を目的とする賃貸借契約と称して被告山梨県知事に対し解約許可の申請をなしたところ、同被告は、昭和三〇年六月二日附を以て、右土地を農地と認定の上、右申請を不許可とする旨の処分をしたことは当事者間に争がない。

ところで前記認定のように右土地は宅地であつて、農地でないから、右知事の不許可処分は、宅地を農地と誤認してなされた違法な処分であることが明らかである。

しかるところ、本件土地は宅地であるが、前記認定の如く被告立川光明が賃借してから、開こん耕作し、現在に至るまで肥培管理を施し、耕作の用に供していた土地であるので右違法は重大であるが明白ということはできない。したがつて右違法は本件処分を無効とすべきものではないが取消事由に該当するものということができる。

よつて、被告山梨県知事に対する本訴請求は他の争点につき判断するまでもなく理由がある。

されば原告の被告等に対する本訴請求は、いずれも正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 須賀健次郎 野口伸治 小酒礼)

(別紙目録省略)

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